
語歌堂の縁起

秩父の札所は室町中期であろうと云われております。語歌堂も現在地に建立される迄には幾度か場所を移り変わり、現在地に建立されたのは、江戸末期に25才の青年棟梁により、建立されたものと云われております。
語歌堂の起源は、秩父観音霊験記によりますと、当地の本間孫八は富貴な暮らしをしていたが、和歌の道にくらいのを深く悲しみ、この堂に通夜をし、和歌の道を研究していたが、ある晩のこと不思議にも一人の旅僧が現れ、終夜その旅僧と和歌の道を語り明かした。しかし不思議にも暁にはその旅僧の姿はなく、孫八はその旅僧は観音様の化身だと信じ、語歌堂と名づけたと云われております。
又、一説には信濃国の老女が苦労して育てた一人娘が突然失踪したので、ひたすら観世音菩薩に祈願し娘を訪ね歩き、たまたま、この地にたどり着き、観世音菩薩に保護された娘の姿をみたことから一名、「子返しの観音」とも云われております

准提観音
