妙音寺の縁起

開山・開基は不詳だが、今から四百年前の天正年間(1573〜92)に中興の祖、賢栄法印によって、古の寺地「妙音寺原」より現在地に移転再興されたとある。
旧鎌倉街道沿いに面し、七堂伽藍の形態で堂宇が存在したと伝えられる。当地の武将三浦道寸にかわり小田原北条氏に支配された当山は、北条氏(雨乞いの祈願寺)として栄えた。

不空羂索観音

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今から百八十年ほど前、文化文政の頃の作とされている。三面八臂で正面と右面は柔和な相だが、左面は忿怒の形相を呈している。八本の手のうち2本は合掌。他に持物として蓮華、杓杖、払子、金剛棒そしてこの羂索を所持している。羂索には二説あり、一説は獲物を取る、決してもらす事のない網、他の一説は邪悪を降伏させる縄とある。総高140センチ。像高51センチ。寄木造り。